「業務用」と「放送用」ENG

仕事の道具として、プロが現場で使っているビデオカメラ。ご承知のように2つの種類が存在しています。ひとつは「業務用」ビデオカメラ、そしてもうひとつが「放送用」テレビカメラ。

実はついこの間まで。この「業務用」「放送用」2つのジャンル間で、ものすごくビミョーな製品的差異がありました。あまりにビミョーなので、記事にするほどか? と内心思われるのですが(笑)。まぁお暇つぶしということで、今回興味がおありの方向けにちょっと語ってみたいと思います。

「業務」「放送」間に存在していた、そのビミョーな差とは…。

「基準」がいまいち分からない

そもそも業務用と放送用。どこが違っているのでしょうか。たとえばパナソニック社では、業務用は「AG」、放送用は「AJ」として型番自体を明確に区分しています。

ですが、モノ(特にガワ)を見る限りはほとんど差が分からない…

もっとも分かりやすい基準があるとしたら「値段」ですね。業務用はお安めで、放送用はとんでもなく高い。でも、値段だけで「業務用」「放送用」と区分できるものなのでしょうか? 何かしら「基準」がなければ、分かりづらいと思うのですが…。

もしかしたら、数値的なものがあるのかもしれません。ですが、公には公表されていない。それゆえ分かりづらさがさらに強くなるというのが、買い手である我々の印象ですね。

まして今は放送の現場で平気でデジを活用していますし、それどころかGO PROやアクションカムが普通に使われている。ハンディカムですら(遅ればせながらですが)報道の現場で普通の道具として認知されはじめている。

そんな昨今ゆえ、業務用と放送用の区分基準は、以前にもまして分からない気がする…それが、我々の偽らざる印象です。

ちょっと前は「区別」がされていた。

しかし。ちょっと前(10年くらい前まで)は、実は今より「業務用」「放送用」の違いはけっこう意識されていました。特に作り手・つまりメーカー側で。先に挙げたパナソニック社は典型的ですが、ライバルたるソニーでも同様でした。で、それを象徴する部分が実は製品そのものにあったのです。

その象徴とは「スイッチ配置」。ソニーのDSRシリーズ(一応業務レンジだが、その後放送クルーも多数使用するようになった)は、なぜか放送用のBVWとはスイッチ配置が異なっていた。

これは(邪推ですが)ソニー社の差別意識が端的に表れていた部分と受け取っていた人も多かったように思われます。中には「このスイッチ配置は、『品川』と『厚木』の派閥抗争の表れだ」と表現するオモシロイ人も…(笑)。

収録事故を誘発する配置だった

とはいえ。そんなささいな違いを表現したかっただけかもしれないこのスイッチ配置。実は重大な操作ミス誘発の可能性を孕んだ、とんでもないインダストリアル・デザインだ、と説明する人もいました。

配置をよく見ると、実は4つのトグルスイッチ自体は全て同じもの。ですが「一個違いで」並び順が異なっている。違いはそれだけ。しかし! この「並びが1個違う」だけのことが、大きな混乱を招くのです。

例えば。BVWのベーカムに慣れていた人がDSRをかついただとき。ゲインを下げるつもりでカラーバーを出してしまったり(これは実際にきいたことがあります)、あるいはホワイトメモリーを切り替えたつもりがメニューを出してしまったりといった事故につながる。

だから、どんな意味があったのかは知りませんが、こうした「微小でも大きな変異」は、事故と混乱の原因になってしまうと思うのです。

ENGは「ユニバーサルデザイン」。

幸い、現在ソニーPXWシリーズは、通常の放送用BVW、HDWと同じスイッチ配置に戻りました。なので上記のような混乱は今後起こらないでしょう。ただ実に不思議なことではあったので、ついついコラムとしてどこかに残したく、今回記事にしてしまいました。

ですが。思えばENGのデザインというのは、いってみれば自動車などと同じようなある意味「ユニバーサルデザイン」であるべき。どこの現場でもどの機種でも、同じように手を体を動かせば普通に撮影ができる。そうあるべきだし、そうであったはず。ですが、過去の一時期、そうはなっていなかった、ということでした。