幻の記録規格

さて。今回はひと休みテーマ(笑)。「幻の記録規格」について、お話したいと思います。この手の仕事をされている方なら、大なり小なりオーディオビジュアルに興味のある方は多いのではないでしょうか。そしてこのオーディオビジュアルの世界。実は「幻となってしまった」規格がたくさん存在します。今回はそんな幻から、3つの規格をご紹介したいと思います。

当方が知りえている幻規格類

実は今の若い人にとっては、「Beta」がすでに幻のフォーマットらしいです。モノを見たことがないどころか、存在自体を知らない場合がある。これにはさすがに驚きました。とはいえ、今回のお題にBetaは入りません(笑)。当業界では、幻どころか下手すれば「現役」ですらありますから(規格というより、物理的なカセットハーフという意味で)。

そうではなく、まっとうな(?)意味での「幻規格」にふさわしいモノって、何だろう…たとえば、こんなのはいかがでしょう。MD(ミニディスク)にMPEG2の映像を記録する「MD-DISCAM」、VHSより前にサンヨー系が発売していた「Vコード」、松下系の会社が発売していた「VX規格」、マイクロカセットのステレオ記録規格、などなど。

これらはあまりにもマイナー過ぎて、ネットに画像すら出てきません。それに当方も名前しか知らない規格なので、今回はパスとさせていただきます。ということで、当方が気になった「幻規格」。

NT方式

1992年にソニーが発売した「NT」方式のマイクロ音声レコーダー。切手サイズのカセットに音声を記録するメディアでした。が…1機種発売されただけで終了。文字通り幻の規格となりました。

発売からはや26年。当方はこのNTをふり返り、今さまざまな可能性を垣間見ています。

まず「切手サイズのメカニカルシェルなどというものを『発想』するだけでなく、『実際に作ってしまう』日本の精密加工技術」。
確かに現在なら、SDカードに数百ギガの記録は可能です。しかしそれはあくまでデータメモリー。

NTがすごいのは、樹脂とスプリングだけを用いてメカニカルなシェルを構成していること。さらにはその中にミリ単位の磁気テープが巻かれていて、ストレスなく動く動作を保証していること。
こんなもの、日本じゃないと作れないと思います。それに作ろうとも思わないと思います。

そして引いては、ここに日本の「未来像」もあると思うんですよね。世の中は、やれ中国だのアジアだの、コモディティの流れに依拠した「物量攻勢戦略」に圧倒され目がくらみ、日本もそのマネをしろ、みたいな評論家やマスコミが多いこと多いこと。

でも、考えてみればそんな勝負はそもそも「知恵」も「技」もあったもんじゃない。ただの物量投機作戦。やはり、日本には日本にしかできない技術と発想、そして「勤勉さ」「まじめさ」「根性美学」があります。このNTは、そんな部分を垣間見させてくれる偉大な成果と思うのですが…いかがでしょう???

デジタルエイト

1998年にソニーが発表した規格。ハイエイトテープにDVフォーマットを記録するというものです。実際に民生用のカムコーダー、ポータブルデッキが数機種発売されました。

発売された当時。当方は某オーディオビジュアル機器を扱う雑誌の編集部で、編集者として働いていました。当時の評価は、いわばほとんどがスルー。さほど感動もされず、単なる1製品として「流されていた」印象です。

が! 当方的にはすごく印象に残っています。というのも、これをきっかけに既存のハイエイトをデジタルエイトに改造するサービスが出てこないかな、と期待をしてしまったからです。

もしそうなると…すごく世界が広がったのに。そう思います。特にカメラヘッドにHyper HADを採用していたEVW-300など。実はカメラスルーの画質は素晴らしいのに記録がハイエイトだったため、よさを生かし切れていない側面があったからです。

さらにいえば。当時のハイエイトは、実は「塗布型テープ(MP)」と「蒸着テープ(ME)」を選択できた。ここでもし「塗布型テープ」を使ってデジタルエイト記録をすれば…もうお分かりですね、そう、DVCPROと同じ耐久性を(理論上は)持つことになったのですよ! しかも汎用性の高い、お安く手に入るハイエイトカセットで。

…とはいえ。そんな「ハイエイトをデジタルエイト」に改造するサービスをやってしまうと、これから売ろうとしているDVの邪魔にしかならないわけで。ソニーがそんな対応をするはずもありません。そんなわけで、この企画は当方の妄想だけで終わってしまったのでした。

余談ですが、これと同じような気持ちはその後も味わうことになります。そう、DVCAMとHDVの関係です。もしDVCAMをHDVに改造するサービスがあったら…あの永代美形カメラ・DSR-130が今も現役で使えたのに(まぁ実際はカメラヘッドの問題とかはありますけど)。そんな風に思ったりもしますね。

MⅡ

「何それ?」という方もいるかもしれませんが、これはかの松下電器がNHK技研とともに開発した、放送業務用記録規格。ベーカムの対抗馬だったんだそうです。

もともとVHSをベースとしたMという規格があって、そのUローディングバージョンがMⅡ。当方は話に聞いたことがあるだけで、実物を見たことがありません。

ところで。民生用では業界の覇者となったVHSですが、なぜか業務用ではサンザンな評判だったとか。何でもベーカムのマネして作ったローディング機構が弱かったらしい。一部のNHKのスタッフがごく一時期にしか使っていなかったそうです。

Digital S

これは一部の筋の方には意外と有名かも。JVCが開発した、S-VHSを基にした4:2:2コンポーネント記録ビデオです。カセットハーフはかのW-VHSと同じフルシェル機構だったとか。

これもよく考えるとなかなか面白い規格だし、もし市販の民生用S-VHSカセットに記録できるのであれば、すごく楽しい機械だったと思います(実際の可否は分かりませんが)。

とはいえ、フルカセットVHSをできるだけコンパクトな一体型カメラにするのは難しいのかもしれません。私の知る限りでも、ドッカブルタイプしか見たことがないです。